ピアノ(ヴァイオリンでも何でも)先生を替えるとき(体験談その①)

ピアノ塾

先生をかえる時

娘のリザ・マリアも教えて頂いた巨匠、イゴーア・オジム先生はこう仰いました。

ひとりの教授の元に6年いたらそれはもう充分。他の教授に替わる事を勧めます。

生徒を留まらせたい先生の多い中、本当の指導者だなと思ったものです。

さて、専門の人も趣味の人も先生を替えたい時は来るものです。趣味の場合は気まずい程度で我慢できますが、クラシックのこの道でやっていこうとなると残念ながらそう簡単にはいかないものです。自らの経験を元にどうしたら円満に先生を替えられるのかを考えて見ました。

初めて先生を替えたときの体験談

娘がヴァイオリンを始めたのは5歳の時でした。はじめから専門にやらせる気はなかったので、「万が一、娘が専門でやりたいと言った時にきちんとその道で行けるように基礎をしっかりと教えられる先生」とある方にお願いして紹介して頂いた先生でした。趣味で、とは言うものの、私も音楽畑のヒト+日本人なので毎日、きちんと1日2回に分けて、合計2時間練習しました。週に2回、プライベートで通いました。

そして8ヶ月くらい経った時、ふと、「おかしいな」と思いました。私は当時ヴァイオリンの事が何もわからなかったのですが、なんだかわからないけど「うちの子は下手だ」と思いました。オーストリア人の子供と違って1時間のレッスンをきちんとした集中力で難なく受け、毎日、2時間きちんとさらって、週に2回レッスンに行って、下手ってある?

そんな時、レッスンの時に先生がオーストリア国内コンクールのチラシを見ながら、「ああ、ここの上位に来る子達はもう、全然世界が違うのよ。うちは無理。」みたいな事を言ったのです。その時私は気がつきました。ああ、きっとこの先生がうちの子にあっていないんだ、と。そして自力で優秀な子供ばかりを出している当時のウィーン国立音楽大学と私立音楽大学の予備科教授だったポラチェック先生に出会いました。はじめのオーディションで先生の言った言葉。

「なにこのヘタクソ。いったい先生誰?すぐにやめなさい。それになにこの身体に合っていないありえないデカいヴァイオリンと長い弓は❗️あんたたち、子供を壊すつもり?」

さて、門下に入れた大きな喜びと共に考えなけれいけなかったのは、「今の先生になんと言って止めるか」です。彼女は彼女なりに自分にプライドを持って教えているし(上手には出来ないけど)うちのレッスン料は彼女のかなりの収入源になっていたはずです。ポラチェック先生は当時超有名な教授だった為、そちらに行くと言うのも喧嘩を売る気がしました。

考え抜いた挙句「やっぱりヴァイオリンはあっていないみたいなので、やめます。」と嘘をつきました。どうせ2度と会うこともないだろうし。これならあちらも悪い気にならないだろうと。

そしてそれから毎回目に見えて上達する楽しいレッスン始りました。毎回弓を持ちっぱなしで指導してくれた御主人先生、あの充実感は忘れられません。

さて、6ヶ月後、先生の集中的なレッスンを受け、弓の持ち方から何から何までチェンジしてオーストリアの国内コンクールに出ました。まだ10歳以下のグループだったので全国大会はなかったのですが、あっさり1位を頂きました。結果発表を終えて会場を出ようとすると、前の先生がいるじゃないですか。あの時の気まずかったこと。しかしここで隠れてはいけないと思い、彼女の方に向かって挨拶に行きました。はじめはお互い変な感じでしたが、今は普通に仲良くして下さっています。

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まとめ

嘘をついたり、ごまかしたりせず、出来るだけ本当の事を伝えて止める方が良いです。もちろん、表現力はとても大切です。「あなたがダメ」ではなく、「今のうちの子にはこの先生がより必要なのです。」という事を説明すると良いと思います。

しかし、日本でこれはかなり難しい事を知っています。街の先生を替えるくらいなら憎まれる程度で済みますが、大学教授となると同じ大学にいられなくなるくらいだとも聞きました。

私は日本での音楽大学入試直前に前の先生が試験官として私の部屋にいる事がわかり、長かった髪をバッサリ切り、眼鏡をかけて実技試験を受けました。合格後、前の教授先生に御挨拶に伺った時、「あーーーーら、いやーーーだ、あーたのこと、ぜーーーんぜん気がつかなかったわー。だって私、知らない子が弾いてる時寝ちゃうのよね〜」とおっしゃられて、私も母も胸を撫で下ろしたものです。