オーストリアに移住して 賃貸アパート ウィーン 2区 その①

オーストリア・ウィーン情報

オーストリアに移住して 賃貸アパート ウィーン2区 その①

ウィーンでアパートを探すときの注意

私は33年前からウィーンに移住し、
ベートーヴェンのその数には追いつかないものの、
多くのアパートに住みました。

昨日に引き続いて、
今日は、衝撃的な、
ウィーン 2区のアパートのおはなしです。
住んでいたのは1994年とかそこらへんです。

今日のブログで私がみなさんにお伝えしたいことは、
自分と違うグループに属する人たちの
多く住むところには、
住んではいけない
ということです。

これはかなり昔の話ですが、
今でも共通するところは
かなりあると思います。
アパート探しの、
参考になれば幸いです。

ひとくちにウィーン 2区、と言っても
プラター・アレーの環境の良いところから
悪いところまで
差が大きいのです。

私が住んだのは
環境の、多分、
「最も悪いところ」
だったと思います。

長男が5歳くらいになり、
子供部屋が欲しくなり、
内観見学で見た、
新しく改装された壁の真っ白な部屋に
一目惚れ。
即決したのが間違えでした。

周りの環境はイマイチのところでしたが、
交通の便は最高で、
会社までたったの数分。
即決定です。

引っ越しすると、即、
新しい住人に興味を持った
オーストリア人の中年女性がやってきました。

うちの家族構成や私の職場、収入などを
根掘り葉掘り聞くと、嬉しそうに、

「なんでも困ったことがあったら言ってね!
ここはどうしょうもないジプシー外人ばっかり住んでるから
気をつけるのよ!」

と言って、帰っていきました。

幸いにもこの方は
とても良い人だったのですが、
この人から沢山の未知な世界を学ぶこととなります。

名前を忘れちゃったので、ここでは
「マダム・オーストリア人」
と名付けます。

まず、腰を抜かしたのが同じ最上階の
一番奥に住む住人たち。
たぶん、旧ユーゴかトルコ人の集まりでした。

仕事から疲れて帰ってくると、
恐ろしいほどの古い油とニンニクの匂いが私を襲います。
たぶん、相当人数の料理を作っているのでしょう。

そして、目に入るのは
共同の廊下いっぱいに広がった、
かなり古い下着等がぶら下がった洗濯物のパレード。

毎日それを見るたびに発狂しそうでした。

そして、トントン、と女性がやってきて、
おそるおそるドアを開けると、
奥に住む女性の姿。

「お塩がなくなっちゃったの。
貸していただけます?」

まあ、お塩ぐらいなら、と渡すと
次の日も、
「小麦粉がないので貸していただけますか?」
と来る。

連日なんだよ〜、と思っていると、
例の「マダム・オーストリア」がやってきました。

お塩、小麦粉の話をすると彼女は血相を変えて、

「やっぱり!!!!!
今後絶対にドアを開けちゃダメよ!
塩が小麦粉になって、小麦粉が卵になって
卵は肉になって、後からはお金を無心してくるのよ!!!!

ひえ〜〜〜〜〜!!!
そうなんだ〜。

このマダム・オーストリア、
暇なのと強度の野次馬根性で興味津々として
年中うちに顔を出すのですが、
ナイス・アドヴァイスでした。

ああいう隣人と仲良くする気は
もうとうゼロなので、
ピンポン来ても無視、を貫いたら、
あちらも慣れているようで
来なくなりました。

調理する匂いは苦情対象にならいのですが、
洗濯物に関しては、共通の廊下に干すのは
明らかに契約違反なので、
管理会社に苦情のレターを送ること数回。

管理会社のウォーニングなんて
無視するのがあのグループの人たちの常識なので、
改善されませんでした。
恐るべし、、、、、

書いているうちに
いろいろなことを思い出してきましたので
続きはまた明日。。。。