私はウィーンに住み、もう30年以上になるので、日本のコンサートにはかなり長く訪れていません。だから日本の状態を全然知らないのです。
だから日本のピアニストのお友達から「コンサートで知人のお客さまから頂く大量の花束やプレゼントを運ぶ為に、タクシーを数台用意する」という話を聞き、とても驚きました。
こちらでは、たとえポリーニやアルッチが、ウィーン楽友協会でコンサートを開いたとしても、そんな大量のプレゼントの運搬で困ることはないと思うので、これはもうお国柄、とても興味深いと思いました。
ウィーンでは(私の知る限りですが)知人のコンサートに呼ばれた場合、もし有料のコンサートなのに、特別に無料の招待チケットを頂いた場合には、小さなプレゼントを用意することがあると思います。私はそうしています。
ただクラスコンサートや、入場無料のコンサートの場合は、演奏する人との関係によって少し変わってくると思います。とても仲の良いお友達だとすれば、小さなチョコレートや本当に小さな運搬に困らない大きさのお花を用意することがあります。
クラスコンサートで学生同士が訪れ会う場合は、基本、手ぶらです。「来てくれてありがとう〜」みたいな感じです。クラスコンサートはあくまでも「トレーニング」の意味合いもあるので。
コンサートで演奏する側からいいますと、貴重な時間を使い、わざわざコンサートに出向いてくださるというのは、本当にありがたいことです。
たとえ無料だとしてもです。時間というものは何よりも貴重なものです。天気の悪い時、めんどくさいな、と思ったりするのは当然のことだと思います。なので、いらしてくださるだけでも本当に感謝感激なのです。
それに加えてプレゼントまで用意してもらったら とても申し訳ない気持ちでいっぱいになります。日本ってなんてすごい素敵な国なの?とつくづく思います。
さて、現在は残念ながらコロナ禍で以前のようにコンサートやリサイタルを開催することは難しくなっていますが、それはおいておいて、今日は日本の演奏会とこちらの演奏会の最も大きな違う点について書いてみたいと思います。なんだと思いますか?
それは、コンサートが終わった後の、アンコール前後の一般客顧客による花束の贈呈です。
あるとても真面目なピアニストの女性が、「きのう、すごくショックな事があったの」というので、何かと聞くと、ある世界的に大きな音楽祭での巨匠ピアニストのリサイタルの話です。
彼女はそのピアニストの大ファンだし、演奏ももちろん素晴らしかった。そこで、演奏後、まだ観客が拍手でいっぱいのときに、日本でよく見かける様に、花束を持って舞台に近づき、ピアニストに渡そうとしました。
演奏者は、日本だったらにこやかに花束を受け取り、握手なんてするんですが(今は知らないけど30年前はそうだった)彼は困惑した表情で、手を前に出し、ストップのゼスチャーをしたそうです。戸惑う彼女。
すると横から数人のSPが登場し、彼女は特別室に連れて行かれてしまったのです。これはもう、本人にしてはかなりのショックで、その気持ちは痛いほどわかり、聞いていても胸が痛みました。
なぜだかわかりますか?
そう、テロ対策です。数年前、ロシアでコンサート会場で自爆テロが勃発したことを覚えていらっしゃる方も多いと思います。ここ数年以来、コンサート会場でのセキュリティーはかなり厳しくなっているのです。数年前に娘がカーネギーホールで弾かせていただいた時など、リハーサルで私が会場に入れず、音のバランスチェックができずに娘が困惑したことを思い出します。
話を戻します。
とにかく彼女はショックで深く落ち込んだそうです。でも立派なのはその後の彼女の行動です。個別にピアニストを訪れ、不安にさせてしまったことへの謝罪を述べると、彼は優しく「そんなの大丈夫」とおっしゃってくださったそうです。良かった、良かった。さすが巨匠です。
で、何が言いたかったというと、コンサートでの常識も日本と違うし、海外でもとても変わってきているということを知っていて、損はないかな、ということです。
主催者側のアレンジで、あらかじめ用意された人が演奏者に舞台で花束を贈呈、というのはあります。しかし、一般のお客さんが渡すことはないので、そこは押さえておくと良いと思います。ひょっとしたら、今の日本のシステムも私が知らないだけで変わっているのかもしれません。
たかが花束、されど花束!のお話でした。