演奏家につきもの 手のトラブル (腱鞘炎とバネ指)

Hand1ピアノ塾

バネ指

プロアマを問わず、楽器を演奏する人殆どの人が一生のうちに数回遭遇する手のトラブルについて書きます。私と同じような悩みを持った方の少しでもお役に立てればと思います。

まず、「バネ指」について。私は2018年の夏の終わりにこの「バネ指」の症状に悩まされました。さて、このバネ指とは一体何でしょう?当時私が勉強させていただいた日本整形外科協会さんのウェブサイトに詳しく出ていますが、すこし引用させていただくと、以下の通りです。

によって曲げ伸ばしをすることができます。手を握ったりする筋肉は前腕にあって、その力を腱が伝えます。その通り道で押さえているのが靱帯性腱鞘です。それはベルトベルト通しのようなものです。
この靱帯性腱鞘は指にありますが、それが終わる指の付け根付近に力がかかり炎症を生じやすいところがあります。 その部分の腱や腱鞘が炎症を起こし、“腱鞘炎”になって、もっとに進行すると引っ掛かりがおきてバネ現象が起こります。 これを“ばね指”と呼びます。

症状① 2018年9月 指がパッチン 注射で一時治る

私の場合は左の親指だったのですが、朝起きて指を曲げたり伸ばしたりしようとすると、硬く動かず、無理して動かすとパッチン!と指が弾けるのです。ピアノを弾いて何十年も経ちます。腱鞘炎らしき痛みを感じたこともありましたが、こんなパッチンパッチン状態は初めてでかなり戸惑いました。

まず、近くの整形外科医に行きました。すると女医さんが有無も言わさず「これで大丈夫!」とあっという間に親指の付け根に注射をしました。これが金曜日。「うっそーーーー!!!」と思ったのですが、数日は安静にして、月曜日には難なく動くようになっていました。あー、良かった。。。。

と思ったのも束の間。

症状②  2018年11月 再発 指がまたパッチン 名医を求めて

バネ指の原因は、ピアノの弾きすぎというよりも娘のヴァイオリンのマスタークラスに同行し、思いトランクを持ったり、レッスン中にずっとiPhoneでビデオを撮り続けた事だと今は思います。しっかり再発しました。ネットで調べると注射は絶対にダメ、と出ていたりするのですが、私の場合は自然治癒しなかったと思います。さて、どうしましょう。本当に困った。

これは多分手術しかないだろう、とネットでオーストリア中の手の権威の医師を探しまくりました。(ウィーン国立音楽大学にもその手の先生はいるのですが、私には全然役に立ちませんでした。)そして見つけたのが、オーストリア国営放送にも取り上げられるような有名な医師。診療所を訪れると、K先生は優しくとても安心させてくださいました。彼のところを訪れ、手術の日は2019年の1月の10日に決まりました。

手術 2019年1月10日 無事終了

手術は朝の8時に始まりました。
優しい先生と助手の先生。
一体いくらかけたんだよ、と思うくらい豪華な診療室で手術が行われました。この先生はウィーン総合病院の医師ですが、ほかの医師がそうであるようにプライベートで診療所を持って、それでかなり儲けています。(言い方悪いけど、みんなそうだからこれは普通)手術、といっても腫れて治らなくなってしまった腱を括るリングを切るだけの簡単なものです。部分麻酔であれよあれよと言う間に終わりました。
手術中は痛みもなく、『指を動かしてみてください、』とか先生に言われながら行って、終了までものの30分もしなかったと思います。先生曰く、最新の技術を用い、そのおかげで出血もほとんどなく、素晴らしく、エレガントに手術はおこなわれ、成功したそうです。(もう、このドイツ語の表現、私腹抱えて笑ったわ)
手術前に、みなさんサインしますよね。『死んでも文句を言いません』とか『ここ、どこが動かなくなっても文句を言いません』的な。私が不安だったのはここです。記述されていたように親指の第2関節の下あたりの感覚がなくても別にいいんです。私が怖かったのは、親指の先端に全く感覚がなかったことです。
ご存知ですか?指先に感覚がないと、100%ピアノは弾けません。指先は命です、と当時再確認しました。
祈りが通じてか、はたまた当たり前なのか、夜の10時になんとか感覚が戻りました。
それまでどれほど不安だった事か。。。
夜の11時にはなんとかピアノを弾けました。(すぐに弾いてもいいと言われていた)
もちろんバリバリは弾きませんが、もう、指はパッチンパッチン言いません。
先生に感謝の気持ちでいっぱいでした。その時の嬉しい気持ちはもう、表現のしようがありません。
ただ抜糸まで、絶対に患部を濡らしたりしてはいけません。
化膿することはとても恐ろしいことなので、私は忠実に守って2週間後に抜糸となります。
しかし、これでは終わりません。大変なことが待っていました。

抜糸 2019年1月24日 その後、腫れがひかない気がする

さて、2019年1月10日の手術から二週間が経ち、抜糸をしました。

もう手を濡らしてもいいし、何もかも上手くいって大満足でした。 抜糸後の絆創膏も剥がれ、見るとモノの見事にどこを切ったかまるで分かりません。糸もちょっ、ちょっと3箇所くらいだった気がします。
しかし、10日くらい経ってなんだか親指が浮腫んでいる気がしました。人差し指も腫れている気が…
診療所を訪れて先生に相談すると、よく見てくださり、『うーん別に術後の腫れでしょう。』
といわれ、そんなものかと思いました。直接の痛みはありません。

セカンドオピニオン第2の外科医の元へ 糸が残っていて化膿が判明

でもなんか嫌な気がして、ネットで検索して違う医師を訪ねてみました。 セカンドオピニオンが大切と思ったのと、何か良いアドバイス(マッサージとか)がもらえたら、くらいの気持ちでした。 ひょろっとした背に高い、これまた感じの良いノッポの先生。私の左手を念入りに見て、それはそれは小さな小さな穴の中に見える小さな突起物を見つけました。
「なんだこれは?」、と先生。
私が「ああ、これね。なんか変ですよね、、、、』
本当にこれは、裸眼では本当に見えないくらいのちいさな、ちいさなものでした。私も気にはなっていたのですが、老眼であまりよく見えないのと、糸を抜いた後の傷だろうくらいに思っていました。
先生がピンセットを取り出し、かなりの力を入れてそれを取り除きました。
と、その瞬間です。
ぴょーー!!!っと信じられない量の黄色い液体が私の左手いっぱいに広がったのです。
私も先生も目が点です!!!
今思うと、本当に携帯で撮ってこのブログに乗っけたかった!
『先生、これ、なに、なに、なんですかああああ~⁉️⁉️⁉️⁉️』
『膿です。まだ新しい。糸が残ってたんですよ。それが外と手の内部をつないで化膿させたんです。』
『どうするんですかっ、これから!!!!』
2人とも沈黙。しばらくかなり真剣な顔で悩む先生。口から出た言葉は、
「切って洗浄するしかありません。。。。お気の毒ですが、すぐに再手術をしましょう」
「確認しますが、手術した先生のところでやりたいですか?それとも僕に任せますか?」
と言われ、よぎったのはあの金持ちそうな優しそうなお顔。しかし、この微小な糸を発見できなかったというのは間抜けな医者だとも思いました。一回こう言うことが起きると、やっぱり信用できなくなります。
そして私はその先生に
「あなたのところでお願いします。」と言いいました。
「手術は僕が働いているアイゼンシュタット(ウィーンのとなり街)でやります。総合病院での手術なのでコストはゼロです。朝の7時に病院にいて下さい。」
話を聞くと、まずは手のひらを開き、洗浄し、場合によってはさらに腕の上が化膿していないか見るそうです。最悪な場合、左腕の上まで、肘の下くらいまで開けるそうです。

私は気絶しそうでした。さらに、第二感染が恐ろしいので場合によっては絶対安静。

1ヶ月は入院ということもあり得るというのです。
視界真っ暗。
非常に親しい友人1人だけと、子供2人には話して早朝暗いうちに、覚悟を決めて出かけました。
ネットで調べると、嫌な話も出てきたので(化膿して腕を切断、的な)もう、切腹でもする気分ですよ。最悪な気分。
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第2回目の手術をすべく、アイゼンシュタット州の総合病院へ

さて、朝、アイゼンシュタットの総合病院に行きました。
そこでまず先生達のカンファレンスが行われ、10時くらいまで待たされました。
やっと呼び出され、ノッポの先生と、その整形外科部長であるちょっとデブの先生との診察が始まりました。
その整形外科部長がノッポの先生に言いました。
『僕なら今日は絶対に切りません。この人はピアニストでしょう?切れば切ったでそれだけ長い治療が必要になります。抗生物質投与で様子を見ます。だって今、患部をこうやって押したって、膿もなにも出ないじゃない。』
するとノッポの先生が言います。
「でも昨日はたくさんのうみが出たんです!!!切りましょう!!!」
不安な私。というかノッポの先生、切りたい気分満載な印象も受けました。(汗)まあ、良かれと思ってるんだと思いますが。
結局私は抗生物質2週間分を渡されて、アイゼンシュタットの寂しい寒い午前中、可愛いカフェをみつけて一人で街で朝食をゆっくり食べて、抗生物質を飲んで、ゆっくりウィーンに帰ったのでした。その結果。。。

抗生物質2週間飲み続け、普通に暮らし、そのまま完治しました

ドキドキしながら、この時期だけはピアノは弾かずに食事も気をつけて良い子にしていました。

まとめ

私はこの一連の騒動、もし、初めの金持ち医者がきちんと抜糸していればなにも問題がなかったとおもいます。これは絶対です。よって、バネ指になっても、手術が無事に終われば元どおりピアノは弾けるということです。
かなり恐ろしい回り道をしましたが、それでも私はラッキー続きだったと思えてならないのです。なぜなら、
第1の医者は『手術は』きちんとした。(抜糸でしくじったけど)
第2のノッポのお医者さんは、残った糸を見つけて膿みを出してくれた。
第3の部長さんは手術を反対してくれた。
それで結局治ったのです。
ピアノは以前同様、全く支障なしに弾けます。100%元どおり、というか練習してるのでこの歳でもそれなりに上達もします。
最悪のシナリオは「もし私が違和感を感じながらも何もしなかったなら」という場合です。変だと感じたがすぐに行動にうつす。これは何よりも大切なことだと実感しました。これからも即行動、は続けたいと思います。
ちなみに、多くの人が第1の金持ち先生を訴えて、せめて手術代(プライベート扱いだったから)は取り返せ、と助言してくださったのですが、第2、第3の先生は金持ち先生を知っており、彼の失態は広まってしまったかもしれません。医師の世界も狭いです。
それと結果が良かったからこんな事を言えるのかもしれないですが私は自分に起きた全ての事は起こるべくして起きて、それは自分の責任だ、と思っています。
だからまあ、金持ち先生を責める気はあまりせず、でした。それよりも完治したことに対する感謝の気持ちが大きくてそんな小さな事はどうでも良いと思えます。

大切なこと

大切なのはいかに手のトラブルに合わないように日頃気をつけるかです。注射が必要になる程手を痛めてはいけません。あるレベルを越すと絶対に手術なしでは治らなくなると思います。そこまで悪くしないこと。手が痛かったら即、練習をやめてください。これは絶対です。一回悪くすると痛みは繰り返しになります。バネ指にならなくても、ドケルバン病などもとても厄介です。たとえ大きなコンクールや演奏会を控えていても、将来のために弾かない勇気を持ってください。
知人はウィーンのムジークフェライン大ホールでチャイコフスキーのコンチェルトを演奏するという凄い機会を持ちましたが、腕の痛みで断念しました。それでも今は有名オーケストラのコンサートマスターとしても、ソリストとしても活躍しています。焦らないでください。演奏人生は長いです。幸運は絶対にやってきますから。
長くなりましたが、このブログを読んで下さって、少しでも同じトラブルを持つ人にシェア出来れば幸いです。