ピアノ・ヴァイオリン 真面目すぎることの弊害 手・身体・精神を壊す件について

ピアノ塾

©️Andrej Grilc アンドレイのステキな写真 娘のリザ・マリア。

うちの娘がヴァイオリンを始めた頃はまだ、ピアノやヴァイオリンも「昭和の根性物語を行えば、成功する」風潮があたりまえのように横行していました。

「成功した人」は本を出版したり、またはテレビなどの媒体で、「多くのものを犠牲にして毎日・練習・切磋琢磨、汗と涙を流し、苦労して今の成功がある」的なことを語り、それが信じられてきました。

私の昭和時代は、「1日練習しなければ自分にわかり、2日練習しなければ先生にわかり、3日練習しなければ観客にわかる」的なフレーズが崇拝され、呪文のように言い伝えられています。

私はこれを守って、修学旅行にも行かなかったですし、体育祭なども極力参加しませんでした。本音をいうと、私の場合、別に旅行なんて行きたくもなかったし、ピアノを弾いている方が楽しかったから、という理由があるのですが、この呪縛によって、多くの事を犠牲にしている演奏家の卵たちは、ひょっとして今の日本にもいるのかもしれません。

以前私が体験談で書いたように、毎日、悪い方法で数時間さらうと、必ずと言って良いほど、腱鞘炎という出口が待っています。この数年間、真面目なピアノやヴァイオリンの学生が腱鞘炎で大きく悩み、音大を休学したり、挙げ句の果てには演奏家の方向を諦めた人たちも見てきました。この人達すべての練習方法が悪い、というわけではありませんでした。

結論。

いかに練習方法が正しかったとしても、必要以上に腕や身体を酷使すれば、いつかは壊れる。

外国人で、元から大きなガタイと手を持ち、体力もある人は、ひょっとしたら大丈夫なのかもしれません。しかし、欧州に来て多くの人に聞いてみると、もちろん大きな国際コンクールなどの準備期間はみんな狂ったように練習しますが、普段はそんなに弾かないものだと知りました。

「常人には想像できない練習量」を打ち出すことによって、ソリストとしてのブランドも成り立つので、別に強調しませんが、彼らは自分の身体を、休ませる時は本当に、休ませているのです。

間接的に知る、某国際的に有名なピアニストは数ヶ月もさらわないことがあるそうです。それでも、大きなコンサートがあれば、今でも、昔のそのレヴェルで「弾けています」

うちの娘はそんなレヴェルではないですが、多くの巨匠ランクの教授から「さらいすぎるな」と何回もいわれてきました。もちろん、その基本には「かなり練習するのは当たり前」という大前提があっての話ですが、先日のような大きなレパートリーを準備しなければいけない試験の後日なんて、3日間くらい、平気で全く弾かなかったりします。

正直いうと、昭和組の私はそれを見ていて怖くてしょうがないのですが、そのせいで下手になったという実感もないのが事実です。現代のソリストとしてのさらいかた方は「やる時はやる」「休ませる時は休ませる」「根性型の無謀な練習はしない」です。

数年前、4時間くらい全く休憩を挟まずに練習し、手を壊した体験のある娘に言わせると、「腱鞘炎はメンタルから起きる」のだそうです。「練習し続けなければ成功しないというプレッシャー」と「休憩することの罪悪感」、それらがすべて自分の知らないうちに身体を硬くしてしまいます。真面目な人ほどこの傾向があるようです。

スポーツ界は優れた身体メンテナンスのトレーナーが指導してくれます。しかし演奏家はそれをすべて自分でマネージしなければなりません。

真面目になりすぎず、「身体を休ませる勇気」を持ちたいものです。