ピアノでもヴァイオリンでも 教師との相性、価値観の全く違う場合は合わない、という件

ピアノのお部屋

今日のお題はそのものずばり、どんなに世界的に有名な巨匠であろうが、どんなに才能のありそうである生徒でも、合わない場合は全く合わなくて、その場合は、師弟関係は結ばない方が、お互いにとって幸せだ、というお話です。もしくは「ダメかも」と思ったら、離れる勇気が必要だということ。

娘が師事する大先生は娘にとっては相性バッチリ、価値観もぴったりの大好きな先生ですが、ある学生はその昔「僕とは音楽性がちがうからなあ〜」と言っていました。当時は「どの口が言うのかい!」と思いましたが、ご当人にとっては、嫌だったのでしょう。そういうこともあります。

かなり前に、アジアの国の少年が私のところにレッスンを受けたいと言ってやってきました。「どうしてうちに来たの?」と聞いたら「日本人だから」というヘンなお答え。もう、私は意味わかんない状態だったのですが、彼の周りで「日本人に習うと良い」という噂でもあったのでしょう。

いざ演奏してもらうと、もう、それはそれははちゃめちゃのめちゃくちゃで、アレンジされたカンパネラを(リストのね)弾き殴りました。お母様は満足そうに眺めています。一応指は回るし、パワーもあるのですが、先日書いた「美音」とか「ピアニッシモ」なんてそこには全く存在しませんでした。「うちのピアノが壊れちゃう」と本気で心配したくらいです。

ドイツ語も英語も出来ない親子だったのですが、それでも音の美しさがいかに大切かそれなりに説明したのですが、全然響かないようでした。そして、こういうふうになりたいんだ、と言って私にあるビデオを見せたのです。それは彼の国の先輩とやらが演奏しているビデオで、これまたぶったたきの雑技団演奏でした。楽譜もオリジナルではなく、変にアレンジされた、ベートーヴェンの月光の3楽章らしきものでした。

私は、ああ、これは無理だ。と思いました。
まず第一に、この月光らしきものをカッコいい、最高にイケてる、こうなりたい!と思っているノリノリの少年と、クラシックをまるで知らない親御さんに何を言っても無理だろうと思いました。

速い・強い=上手でイケてる

と信じて疑わない人に、指導はできません。それでも共通語があればなんとかなったかもしれませんが、あちらは語学を学ぶ気がゼロだったので、それも無理。残念ですが本当にご縁がありませんでした。

教師と生徒、合う合わないは本当にあります。それはどちらが悪い、という問題ではなく、価値観がちがうのです。長く教えていると、そういうことも、あります。ストレスを溜めるくらいだったら、お別れして自分に合う先生を見つけることが得策です。