そのお友達、本当に必要ですか?もしくは、そもそもたくさんのお友達って必要ですか?

ピアノのお部屋

結論から言いますが、私に限っては「そんなにたくさん必要ない」です。

この歳まで、本当に大切な親友は2人くらい。それも、頻繁にあったり、おしゃべりしたりしません。会うのは数年に少しですが、それでもいつでも尊敬しているし、困っている時は助け合う間柄です。

どうしてこんなことを今日のテーマにしたかというと、のあることばでした。
娘は、今でも時々そのケがありますが「趣味は悩むこと」みたいな時期がありました。トニー・ロビンスの本をバイブルの様に読み漁ったり、その他、瞑想に関する本や「7つの習慣」等、多くの為になりそうな読書を山ほどして、自分でそれらを実行したりしていました。彼女が、その一環で、去年書いていた自分の悩みノートを読み返し、

「ちょっと、見て見て、去年の私、めちゃめちゃ可愛い。『今の最大の悩みは6時間練習したら、お友達と会う時間がない』だってよ。もう、悩んでたんだねえ!!」としみじみ。

今は笑って言えますが、昨年は本気で悩んでいました。

ちゃらちゃらした遊び友達なんて一過性のもの。若いうちは若い時にしかできないことがあって、それは必ずしも「彼氏」を作ったり「お友達」とつるむことではない、と私は言っていたのですが、何を言っても「でも」「だけど」で返すお年頃、どうせ自分で経験しなけりゃわかんないよね、と思ってほおっておいたものです。

実際、どうして10代の人たちがめちゃめちゃピアノでもヴァイオリンでも上達して、かなりの実力をつけるのに、25を越えたくらいの人がイマイチになってしまうのか、わかりますか?答えは簡単で、あまりにも誘惑が多く、単純に練習量が減るからです。私はそれを本当に、たくさん見てきました。大人になると、言い訳が上手になるし、自分にも甘くなります。楽器ばっかりやっていても上達しない、云々です。それも確かに間違えではありません。

しかしその反面、子供はまっすぐに行動するのでブレません。成功体験に喜びを感じ、まっすぐに素直に周りを見ずに猪突猛進する。
だから、やらせれば10歳くらいでもワックスマンのカルメンをぺろっと弾けちゃうのです。もちろん極端にやると弊害がてきます。チックが出たり、極度に太ったり、または痩せたり吐いたり。それはまた別の大問題ですが、そういうことです。

話がそれましたが、「親友」や「パートナー」なんて、タイミングで現れるものだと思います。作ろうと焦っても無理。自分が何かを求め、正しい心で健全に切磋琢磨していれば、同じ様な価値観を持った人が自然に周りに集まってきます。類は友を呼ぶ。

自称お友達がいたとしても、その人が自分の本当にやりたいことの妨げになったり、変にライバル意識を燃やして邪魔になる様な発言をする様であれば、それは「友達」でもなんでもありません。除外するべき存在だと思います。

お友達がいないことをコンプレックスに思う必要はありません。
まずは自分のやりたいことをやりましょう、と私はいつも思うのです。

Unlimited Power: The New Science of Personal Achievement
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完訳 7つの習慣 人格主義の回復
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