インターナショナル・サマーアカデミー2024を終えて(ザルツブルク・モーツァルテウム音大にて) ちょっと感じる残念さについて

ピアノとヴァイオリン
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これは結構アルアルの話です。
マスタークラスはどこでも同じ流れだと思いますが、まずは持ってきた曲を通して演奏して、その後にレクチャーが始まります。
例外的にもうすでにその教授の門下生で、曲を通さず、いきなりレッスンという場合もありますが、これはまれ。

で、教授のレクチャーですが、これも人それぞれで、おおまかなことしか言わない人、初めからかなり細かく教える人、抽象的な事を言っておしまいの人、と色々です。
短い講習会の数回のレッスンで治せる事は限られているので、何をチョイスして治すか、も教授の力量のひとつです。元々その教授の門下生なら別ですが、多くは一見の学生さんが多いと思います。

受講者がマスタークラスに参加する理由もいろいろです。
これをきっかけにして門下に入りたい、留学のきっかけにしたい。もしくはここに来たことを記念にしたい、などなど。

真剣にその教授の何かを学びたいと思う受講者はかなり食いついてレクチャーに応じますが、記念組と親に無理やり連れて来られた子供組などは教授に細かい指導を受けると、「えー、なんでー。ごちゃごちゃ直さないでさっさと最後まで弾かせてー」という態度に出ます。

子供の場合は、そういう態度だと親にどつかれる、という結果になるのですが、それを私が見るのは稀で、今回久しぶりに見て新鮮に思ったものです。大抵の本気組の子供たちは音大生よりもレッスンを受ける姿勢がガッツリしています。

今回私が見た某アジアの男子は、何か直されるたびに本当に嫌そう〜〜〜に困った顔をしてお母さんの方を見て助けを求めるのですが、母親は超真剣なのでその子を睨んで母国語で通訳する(しかる?)感じで、見ているだけなら平和で可愛くて笑っちゃったのですが、ほかの受講者の親に言わせると、「嫌ならその時間をうちの子にちょうだい。帰っていいから」と言っていて、私もかなり同感だとうなずいたものです。

さてさて、やっと本題に入りますが、マスタークラスに来て、それなりの教授のクラスに入ったのならば指摘された事を喜ぼう、という話です。
その教授が受講者にとって頓珍漢で、何言ってんだか、みたいな場合は、それでさようならになるので良いのですが、指摘されたことは直した方がお得だという話です。だってお金払ってるんだから。

指導を受けて、「ダメ出しをされた」と反応する日本人はたくさんいます。
勿論、変だったりしたり、治したほうが良いから治されるわけですが、お客さん扱いされて適当に褒められて帰国するよりも、きちんと何かを学んで次に繋げた方が私はお得だと思います。
だって、お金払ってるんだから(何度も書く)

こちらの学生は、教授に適当に褒められて、特にピンとくるような事を指導されなかった場合素直に怒ります。「2度とこない、お金を捨てたわ!」と。

指導されることは、「ダメ出しをされる」事ではありません。だって、ダメ出しされなかったら、その人はもうすんばらしい演奏家で、マスタークラスなんて来る必要がないわけですから。
「ダメ出しされた」と沈む日本人を見ると、残念な気持ちになる私です。喜べばいいのに・・・・