オーストリアに移住して 賃貸マンション 33年前のアパートのはなし

オーストリア・ウィーン情報

今日はオーストリア中央銀行の御用達工房に行ってきました。
調整と、弦を数種類試して、新しいものを張ってもらいました。
飴玉のように可愛いミュートがたくさんあったので、
いくつか買ってきました。

オーストリアに移住して 賃貸マンション 33年前のアパートのはなし

私はウィーンに住むこと33年ですが、今まで住んでいた所を書いてみます。
古い時代の話ですので、今では想像できないこともたくさんあります。
ちょっと振り返って書いてみたいと思います。

ウィーンに来て最初のアパートは
7区に位置する、古いアパートでした。

日本でいう1階です。
ピアノの音出しは自由でした。
しかし、周りにどんな人が住んでいるのか全く分かりませんでした。
家主はウィーン郊外に住むおばあちゃん。

かなり古いアパートで、お風呂場はお湯をボイラーに溜める古いかたちのものでした。

日本の方は想像ができないと思いますが、
それは湯船に入って、
髪の毛を洗おうと思うと、
お湯が足らなくなって、
いきなり冷たい水が出てくる
という恐ろしいものです。
湯船のお湯で使い切ってしまったので、
シャンプーするためのお湯は
もうない。。。。。
のです

今はさすがにこういう旧式のお風呂場は少ないと思います。

それよりも、1階だったのでかなり怖かったです。
だって、誰かが窓を破って侵入することは可能ですから。
幸い何も起きませんでしたが、このアパートで熟睡した記憶はありません。
今でも、お嬢さんに1階のアパートはお勧めしません。
(ピアノがあるならしょうがないのだけれどね。。。)

電話はもう、それはもう想像に絶する旧式で、
同じ回線を使っている人が複数人いて、
誰かが通話していると繋がらない、
という今ではもう考えられない、
原始時代のようなものでした。

当時は日本に電話をするのにも、
1分400円くらいかかったと思います。
郵便局に行って、コレクトコールをお願いして、
その場で日本の実家から電話をかけてもらうのを待ち、
会話をするのが普通でした。

公衆電話から日本にかけると、
小銭が面白いように消えていきました。

台所にあるガス・コンロがまた恐ろしい。

コンロの重いスイッチをひねるとガスが出てきて、
ばち・ばち・ばち、とすごい音が出て、その瞬間に
マッチで火をつけて着火するのですが、
これは恐怖の瞬間でした。
料理するのも毎回こわごわでした。

そして電気類をたくさん使用すると
(と言っても、アイロンと、電気と、ドライアー程度。。。。)
「ばちん!!!」と大きな音がして
ブレーカーが降り、
全ての電気が消えて、
真っ暗の停電状態となります。

日本で何も不自由なしに生活していた
私にとって、ウィーンでのひとり暮らしは、
留学とかそういうレベルを超えて
カルチャーショックで大変だったものです。

日本では電球いっこも変えたことがないし、
今度は何が起きるのだろうと、
恐怖に怯えて(大袈裟ですが)
生活したものです。

33年もたつと人間かなりたくましくなるもので、
今はかなり強く成長しました。

次回からは、住んだ地区による環境の違いについて
書いてみたいと思います。